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それホントに思ってる? 喜ばせる方法として安易な道を選択してませんか?

どうも!買い物中毒のファション通販アドバイザーの野田 (@KURUZE) です。お買い物してますか?

SNSを見ていると「 それホントに思ってる? 」と思うことが多々あります。素直じゃない相変わらずのクズ目線と言われればその通りなんですが、どうも「合わせてないかな?」って思うんですね。

例えば影響力の高い人が「ここ美味しい!」とか「これオススメ!」って言ってたら、それはどんどん試してみるべきだと思います。

でも試した結果「自分の本心、意見をちゃんと発信してるのかな?」っていう点では、必ずしもそうじゃないのかなって思うことが多い。素直に「美味しい」とか「良い!」って思ったら、それはその通り発信すればいいと思う。

けどボクは「影響を与える人と同じ深さで物事を捉えることはできない」って思う人なので、本当に意図を汲み取って「本心から面白い!」って思ってなければ、安易に「良かったぁ!」なんて合わせにいかない方がいいんじゃないかなって思うんです。

前にこんなことがありました。

ボクのマーケーティングの師匠である藤村先生からラ・ラ・ランドの流れから「シェルブールの雨傘」という映画があることを教えてもらいました。当然、すぐに観ます。

シャレた衣装と映像で確かに面白そう。でも致命的なことに、この映画はセリフが全部歌なんです。。。 (笑)  最初から最後まで、ずっーーーーと歌ってる。

ミュージカルを観ると「なんでいきなり歌うんだよ。さっさとストーリー進めてくれよ」と思うボクにとって、この展開は地獄。師匠の意図をなんとか汲み取ろうと命からがら完走を果たしましたが、ボクでは到底そのレベルに至っておらず素直に「地獄でした。。。」という感想をお伝えしました。


シェルブールの雨傘の最後は、カラフルな世界から一転して……

これは例ですが、すぐに観る、すぐにやるなど「行動に移す」ことはすごい大事だと思います。でもその意図を汲む力が自分にはまだなく「?」で終わる経験って誰しもがあると思うんですね。

それなのに「面白かったです!」って無理に言わなくてもいんじゃないかなって思うんです。それってなんか自分の意見を曲げてるというか隠してるというか、もっと言っちゃうと媚び売ってるようでカッコ悪くないかな?

そのまま安易に「よかったです!」ではなく、一旦飲み込んで自分なりに理解したり勉強して、場合によっては実践して、反省して、また試して。それを経て初めて影響力ある人が見てる世界に手をかけることができ、その意図をわずかばかり汲み取れるようになるんじゃないかなって思ってます。

 

喜ばせる方法として安易な道を選択していないか?

で、なんで「思ってもいないのに合わせにいくのか?」って考えると、多分その影響力のある人を喜ばせようとしているんだと思う。でも喜ばせる方法として、どうしてそういう安易な道を選択するのかなって思うんですね。影響力が高い人に上部だけで近寄る人が多いのも、それが一番簡単な方法だからだと思う。

でも、その影響力がある人の発信を糧にして「本来の自分の場所で影響力を持てるようにしていく」ことが一番大事だとボクは思ってます。

思ってもない意見で同調されるより、本業で成果を出して自分の影響力を高め、周りが自分に影響を与えた人のことを知っていく。そういう循環を起こせるようになる方が、よっぽど影響を与えた人も喜ぶんじゃないかなって思うんですね。

そのためには人の意見ではなく確固たる自分の意見を持って、それを主張していくことが必要なんじゃないかなって思うんです。

自分の中で曲げちゃいけない一線って誰もが持っていると思うんだけど、案外この部分って重要な気がボクはしていて。しかも本心言ったから怒るなんて、影響を与える人でそんな器の小さい人は少ないでしょ?

だから大抵は大丈夫。なはず、多分 (笑)。