賢者になれるのは遊び人
どうも!野田 ( @KURUZE ) です。お買い物してますか?
今回のテーマは「 賢者になれるのは遊び人 」です。
誰もが知るドラクエ3がボクらに教えてくれた人生の教訓を、リメイクされた今年にこそ、振り返っていくべきではないかという企画。とはいってもリメイク版はやったことなくてファミコン版のお話なので、あしからず。
ドラクエ3の醍醐味といえば、やはり職業。自分の仲間の職業を選択できる部分にあると思うのですが、その中でも「 遊び人はLV20になったら賢者になれる 」というルールがあります。ボクはこれを堀井雄二さんがドラクエ3を通して、1番伝えたかったメッセージなのではないかと考えています。
というのも、誕生日に「 LV30 になりました 」と年齢をわざわざレベルに置き換える投稿が見受けられますが、このルールを当てはめるとLV20は20歳。ドラクエ3のファミコン版が発売された当時の成人年齢です。つまりドラクエ3のルールを現実世界に置き換えると「 成人まで遊び倒せば悟りの書を使わずとも賢者になれる 」となります。
これボクの実感ともかなり近くて、魔法使いや僧侶のように勉強一筋でも、戦士や武闘家のように部活だけでも賢者にはなれなくて、服や音楽など、各世代において必ず通らねばならないポイントをちゃんと抑えて遊んできて、かつ仕事もちゃんとできる。そんな人のみが攻撃魔法も守備魔法も、パルプンテのような意外性も持った賢者になれるのではないかと。
これはボクの「 高校以降はすべてデビュー 」という座右の銘とも一致します。
中学までに済ませていないことは、高校デビュー・大学デビュー・社会人デビューと、以降の人生ではすべてデビューのレッテルを貼られます。同じスライムを倒してもLV1の段階なら数回倒せばレベルアップしますが、LV50のときにスライムを倒してもレベルアップまでは程遠い。これと同じように「 センス 」の正体は経験の総量だと思うのですが、若い多感な時期はボーナスタイムみたいなもんで、このタイミングでの経験値は、大人になってからの経験値とは占める割合も違うし、複利としてその後の人生に大きな影響を及ぼす。
そして厄介なのが、ここを通ってきていなかったので、それを取り戻そうと必死こく輩たちです。
そんな人たちには、ボクのもう1つの座右の銘を贈りたい。それは「 クラスでの立ち位置は覆らない 」というものです。これは時代時代において通らねばならぬポイントを後から辿っても取り戻せないように、学生時代のクラスの立ち位置は、その後の人生においてもその役割こそが自分のベストポジションであるということです。
勇者は学生時代から勇者であり、勇者に転職はできないんです。
この大事な教えを忘れて、輩たちは遅咲きデビューした後にクラスでの立ち位置を覆して勇者気取りで必死に立ち回る。でもちゃんと通ってきた賢者たちは、はるか昔にそんなことを終えた人たちなので、そのイキりをみて「 あー、あの段階なのね 」くらいに達観します。決して口には出さない。そして去っていく。なぜなら賢者とは「 悟った人 」だからです。ここが怖い ( 笑 )。
LV1からやり直して青春時代の遅れを取り戻すのは難しいし、勇者への転職も難しい。LV20以降で遊び人に転職するのもヤバい大人になってしまうからか禁じられている。
でも中学までにすべてをデビューすることなんて流石に無理なんだから、ボクらは自分に与えられた役割をイキらず愚直に全うするしかないのかなと。その果てに「 さとりのしょ 」のようなブレイクスルーが起きて、ボクらにも賢者に転職するようなチャンスが訪れるのかもしれない。
人生という大冒険を経て、そして伝説へ…
ドラクエ3に込められたメッセージは、そんなことかもしれません。
それでは、良いお年を!